そのリードの山、工場なら不良在庫です
工場では「つくりすぎ」は七つのムダの筆頭であり、仕掛品は圧縮すべき対象です。では同じ会社の2階、マーケティング部門はどうでしょう。リードの山が「資産」と呼ばれ、リストの件数がKPIとして誇られてはいないでしょうか。トヨタ生産方式のレンズでマーケティングを見直す新構想を、7問のセルフチェックとともに本誌先行でお届けします。
こんにちは、BtoBマーケティング研究所の伊藤宏隆です。
先月はAutodesk University 2026をウォッチしながら、生成AIとCADの40年ぶりの地殻変動についてnoteに書いていました。その記事にシミュレーターを開発されている読者の方からコメントをいただき、やり取りを重ねるうちに、今月の大ネタの原型が見えてきました。読者との対話から次の記事が生まれる——書き手として、これほど嬉しい循環はありません。
時を同じくして、ある製造業の方が、こんな苦笑いを聞かせてくれました。
「うちの製造部門は原価も経費も細かいのに、広報や本社の予算はザルというか、そもそも別のバケツで管理されているんですよね」
今月は、この苦笑いを掘ります。
今月の大ネタ:1階の常識は、なぜ2階に上がらないのか
工場では、誰もが知っています。「つくりすぎのムダ」は七つのムダの筆頭であり、仕掛品の山は圧縮すべき対象だと。ところが同じ会社の2階では、リードの山が「資産」と呼ばれ、ハウスリストの件数がKPIとして誇らしげに報告されます。1階の常識が、2階では非常識になっている。
誤解のないように先に申し上げると、リードを持つこと自体が悪いのではありません。件名の「不良在庫」とは、必要な対応が止まったまま積み上がっている状態のことです。
では、なぜそれが起きるのか。マーケターの怠慢だけで片づけられる話ではありません。製造とマーケティングでは、日常的に見ている「管理の数字」が違うからです。
工場には、製品原価に加えて、仕掛品の数量や工程ごとの滞留を追う仕組みがあります。一方、マーケティングにも予算や施策別費用の管理はありますが、それだけでは「対応を待っているリードが何件あるか」「どこで何日止まっているか」までは見えません。リードの件数はCRMで数えられます。しかし件数だけでは、未対応も、情報の陳腐化も見えない。予算のバケツには目盛りがあっても、顧客対応の「流れ」には目盛りがない——その状態で獲得件数だけを増やすと、滞留までもが成果に見えてしまうのです。
ここで、ひとつ白状させてください。私は長年、「リードは生物(なまもの)です。賞味期限があります。放っておくと減っていくので、新鮮なリードを供給し続ける必要があります」と言い続けてきました。そして、なかなか伝わりませんでした。工場の言葉に翻訳してみて、ようやく理由がわかったのです。私は性質を語っていて、管理を語っていなかった。「鮮度が落ちる」と言えば「そうだね」で終わりますが、「対応期限を過ぎたリードが、どこに何件残っているか」と問えば、どこで流れが止まっているかを確かめる話になる。同じ主張でも、在庫の言葉で語った瞬間に、回転率や滞留日数という管理の道具立てが聞き手の頭に立ち上がり、供給を増やす前に流れを直す、という順序まで付いてくる。20年言い続けて伝わらなかったことが、工場の言葉でなら通じる——そんな手応えを感じたのが、今月の構想の始まりです。
そしてもうひとつ。トヨタ生産方式には、在庫を「水位」にたとえる考え方があります。水位が高いうちは川底の岩(故障・段取りの遅さ・不良)が見えない。マーケティングでも同じです。「リストは10万件あります」という水位の高さが安心材料になり、その水面下に、未対応リードの残数も鮮度の低下も沈んでいく。件数という水位計の隣に、流量計を並べる——保有量だけでなく、流れと滞留時間を見る。これが今月お伝えしたい一枚の絵です。
ムダ取り(リーン)の話には、続きがあります。滞留と流れが見えてきたら、次の問いは「この流れは、どこで律速されているのか」。制約理論(TOC)の出番です。工場なら、ボトルネック工程以外をいくら速くしても出荷は増えません。ではBtoBマーケティングのボトルネックはどこか。まず疑う場所は営業のフォロー能力でしょう。しかしその先に、もうひとつ深い制約が潜んでいることがあります。顧客側の、合意形成と決断の能力です。『The JOLT Effect』(マット・ディクソン)の研究では、営業案件の40〜60%が購入に至らず、「何も買わない」結果に終わると報告されています。競合に負けたのではなく、決まらなかった。原因は予算、優先順位、社内の合意形成、失敗への不安と様々ですが、もし自社の案件が顧客側の意思決定で詰まっているなら、打ち手は説得の増産ではなく、決断の支援——お気づきの方もいるかもしれません。これは本誌で連載したRRM(Risk-reduction Management:顧客の購買リスク不安を特定し、低減する枠組み)の話に、工場の言葉で戻ってきたのです。リーンで流れを見えるようにし、TOCで制約を見つけ、RRMで顧客の決断を支える。この三段の接続が、今回私が提案したい見方です。
メルマガ独自付録:七つのムダ・セルフチェック(先行7問)
トヨタ生産方式の「七つのムダ」をマーケティングの言葉に翻訳し、21問のセルフチェックに落とし込む作業を進めています。本誌読者の皆様に、各ムダから1問ずつ先行でお渡しします。回答は「あてはまる/一部/あてはまらない」。「わからない」でも構いません——むしろ大事な答えです。
つくりすぎ:営業が1か月に対応できるリード件数を、マーケ側の誰も把握していない
手待ち:問い合わせへの一次対応について、部門間で合意した期限(SLA)が存在しない
運搬:リードを引き渡した後、受領・担当・対応状況を追跡できない
加工:制作物ごとに「目的」と「評価方法」を決めておらず、振り返りをしていない
在庫:ハウスリストのうち、過去1年に有効な反応(返信・資料請求・来場など)があった割合を把握していない
動作:過去の施策結果や資料を、在り処を知る人に聞く以外の方法で探せない
不良:営業からの差し戻しの件数と理由を、記録・集計していない
この7問は、ムダの量を採点するためのものではありません。管理の抜けと、次に確かめる場所を見つけるための入口です。「あてはまる」や「わからない」が付いた項目から一つ選んで、担当者に聞く、直近の案件を数件たどってみる——それだけでも、どこで流れが止まっているかの手がかりになります。
なお、完全版(21問+分野別の読み方)は、10月第2週公開予定のnote記事に収録します。本誌が最初の公開です。
連載『はじめてのBtoBマーケティング』——今月の2本は「ムダ取りの処方箋」です
偶然ですが、連載の最新2回は、上の7問への処方箋そのものです。
第11回「営業との連携とリード管理」(公開中)——引き渡しルールとSLAを決める回。7問でいえば手待ち(Q2)と不良(Q7)のムダへの処方箋です。営業の田中さんの訪問件数が半分になって商談が増えた話まで。
第12回「CRM/SFA入門」(公開中)——顧客情報の「置き場所」の回。7問でいえば運搬(Q3)と動作(Q6)への処方箋であり、今月の大ネタの言葉を借りれば「バケツに目盛りをつける」話です。高額なシステムの話ではありません。
次号予告(No.19 / 2026年11月1日 AM 8:00 発行予定)
「その仕組み、担当者が辞めても残りますか?」——マーケティングがうまくいき始めた会社ほど順番にぶつかる「3つの壁」(一人の限界・リソース・持続性)を深掘りします。あわせて、はじめて連載 第13回「MA入門」・第14回「データドリブンマーケティング」をお届けする予定です。
それでは、また来月。
追伸:上の7問、答えてみて「うちはわからないだらけだ」と苦笑いされた方——その苦笑いこそ、最初の一歩です。工場監査の目でマーケティングを一度歩いてみたい方は、このメールにそのままご返信ください。
BtoBマーケティング研究所
代表 伊藤宏隆
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